先月、友人と久しぶりにごはんに行きました。
最近こんなことを始めたんだ、と話したら、「すごいじゃん。でも大変そう。自分には絶対無理だな~」と返ってきました。
別によくある自然な会話。むしろ褒められたはずなのに、帰り道になぜかモヤッとしていました。
数日後、共通の友人から、その人が同じ話を少し違う言い方で話していたと聞きました。
「意味のないことをしている」といったような。
悪意があったのかはわかりません。聞き間違いかもしれません。
ただ、それ以来その人と会う前に、ちょっと身構えるようになりました。これってフレネミーっていうやつなのかな、と気になって調べてみたら、思っていたよりヤバい話が出てきました。
フレネミーの意味とは

フレネミーは、friend(友達)とenemy(敵)を合わせた言葉です。Woman typeの記事でも、「友達のフリをした敵」と説明されていました。
辞書のMerriam-Websterでは、友達である、または友達のふりをしているけれど、ある面では敵やライバルでもある人、と書かれています。
「友達である」も入っているんですね。本当に友達でもあるのに、ある面では敵やライバルにもなる、という関係も含まれるようです。
研究では、もう少し細かく定義されています。アメリカの大学生72人に自由記述で答えてもらったMillsさんたちの2023年の研究は、フレネミーを「片方、または両方が表向きは友好的に接しながら、内心では相手を信用せず、ときに敵対的に見ている関係」としています。
「片方、または両方」とあるので、お互いにそうなっている場合もあるそうです。
内心は外から見えないので、あの日の友人がそうだったのかは、私にはわかりません。ただ、モヤッとしたのは事実です。
じゃあ、同じように悩んでいる人はどれくらいいるんだろう。そう思って、続けて調べてみました。
思ったより、身近な話でした
Woman typeが2024年2月に出した記事に、20〜30代の働く女性へのアンケートがありました。周りにフレネミーがいるか聞いたら、約半数が「いる」と答えたそうです。
詳しい内訳は会員登録が必要なので、冒頭の数字だけ見てきました。半分ですよ。自分だけの話じゃなかったんだ、と少しホッとしました。
言葉の歴史も調べました。辞書のMerriam-Websterによると、最初の使用例は1891年です。カンザス州の地元紙に出てきて、記事の話題は友達ではなく政治家でした。
日本では、2026年上半期のJC・JK流行語大賞で、コトバ部門の2位に入っています。全国の女子中高生1000人のアンケートなどをもとに、AMFという会社が発表したものです。
昔からある感覚なのに、いまも多くの人が引っかかっている。そう思うと、何がそんなにヤバいのか気になってきました。
まずヤバいのは、会う前から体が身構えること
アメリカの心理学者、ホルト=ランスタッドさんとUchinoさんの研究を、Micという媒体が紹介していました。
2003年の実験では、健康な男女が3日間、血圧計をつけて生活しました。人と会って5分ほどたつたびに、血圧を測る方法です。
会った相手は、支えてくれる人、嫌な人、そして良い面と嫌な面を両方持つ人などに分けられました。血圧がいちばん上がったのは、両方持つ相手のときです。はっきり嫌な相手より高かったそうです。
その後の研究では、相手の名前を画面に一瞬出すだけでも、血圧が上がったといいます。研究者は、会うことを予想するだけで血圧も不安も上がる、と話しています。
読みながら、あの日のごはんを思い出しました。
「すごいね、でも自分には無理」。言葉だけ見れば褒めています。でも、褒められたのか、引かれたのか、どっちなのかわからなくて、帰ってからもずっと引っかかっていました。
その人と会う前に「今日はあの話はやめておこう」と考えていたことにも気づきました。会う前から、自分を小さくしていたんですね。
Uchinoさんの論文には、こういう相手は距離が近くて自分と重なる部分が大きいぶん、ストレスが強まりやすいと書かれています。会話の最中に警戒が高まるからではないか、という見方も載っていました。
ただ、これらはフレネミーそのものではなく、良い面と嫌な面を両方持つ関係全般の研究です。血圧の変化も、体に悪いと言い切れる話ではありません。それでも、会う前から身構える感じには、心当たりがありませんか?
もうひとつヤバいのは、切れない理由がちゃんとあること
嫌なら離れればいいのに、と思いますよね。でも、なかなかそうもいきません。
2026年2月の知恵袋の相談では、相談者が2歳からの仲だと書いていて、友達をやめようにもやめられない様子でした。
私の場合は高校からの友人なのですが、それでもなかなかに旧友です。
アメリカの大学生72人に自由記述で答えてもらったMillsさんたちの2023年の研究では、こう分析されています。面子を保てることや、周りとのつながりを残せることなど、続けて得られるものが、向き合ったり切ったりする手間より大きいから、フレネミー関係は続くそうです。
続けている自分がダメなわけではありません。続けるのには、それなりの理由があるんです。
ただ、優しい日もあるから、余計にモヤモヤが長引きます。ずっと嫌な人なら、悩む時間も短く済むはずです。
そして、自分も似た気持ちになりやすいこと
さっきの知恵袋の相談には、もう一つ気になる話がありました。相談者は、相手の言動で疲れているうちに、自分もその子の幸せだけは素直に喜べなくなった、と書いているのです。
回答は2つついていました。1つは、フレネミーをされたら自分も同じ気持ちになるのは当たり前だから、自分を責めないで、という意見です。もう1つは、それはフレネミーではなく、ただの嫉妬と独占欲だ、という意見でした。
回答者の間でも、言葉の使い方が揃っていません。何でもフレネミーと呼ぶと、ただの嫉妬まで敵扱いになってしまいそうです。
Millsさんたちの研究は、フレネミーを「片方、または両方が表向きは友好的に接しながら、内心では相手を信用せず、ときに敵対的に見ている関係」と定義しています。「両方」があるので、お互いにそうなっている場合もあるんですね。
2011年の知恵袋には、自分がフレネミーか知りたいという相談がありました。その人は、当てはまる項目が多くて少し悲しかったけれど、見直すきっかけになった、とお礼を書いています。
気づけたこと自体は、悪いことではないんじゃないでしょうか。
じゃあどうする?こんな方法がよさそうです
ここから先は、調べた範囲で見つかった考え方と、私なりの工夫です。効果が確かめられた方法ではないので、合いそうなものだけ拾ってください。
まず、切るか続けるかの二択にしないことです。知恵袋の同じ相談には、こんな回答がついていました。
- 自分の世界が広がれば嫉妬や独占欲は自然に収まるので、それまで距離を置けばいい
- 相手を精神的に未熟な子どもだと思って、こちらが大人として対応する
どちらも回答者一人ひとりの意見です。それでも、ゼロか百かで決めなくていいと思うと、少し気が楽になりませんか?
距離を置くといっても、いきなり絶縁しなくて大丈夫です。仕事の評価や恋愛、家族のことなど、大事な話ほど、相手の反応を見てから出す量を決める。雑談はするけれど、心の中心には入れない、という距離感です。
引っかかる言い方をされたら、うまい返しを用意しなくても構いません。「それはちょっと苦手かも」「それは人に言わないでほしいな」と短く伝えるだけでも、線引きになります。
会う回数を少し減らしたり、二人きりを避けて何人かで会ったりするのも、続けやすい方法です。
職場のように離れにくい場所なら、仕事の連絡は記録が残る形にしておくと安心です。困ったことが続くなら、日時と内容をメモして、上司や相談窓口に話す手もあります。
そして、すぐにフレネミーと決めつけないことです。内心は外から見えないので、相手が本当にそう思っているかは、なかなかわかりません。引っかかった出来事は出来事として覚えておいて、ラベルを貼るのは少し待ってもいいと思います。
相手の良い知らせを聞いて苦しくなったときは、すぐに反応せず、少し時間を置く。それだけでも、口から出る言葉は変わってきます。
あなたは、モヤッとしたあと、どうしていますか?

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